夢小説つづき

憧れの絵描きさんはとても柔らかく笑う人でした。


3

さて、約束の当日。ドキドキしすぎて変に眠れなかった。

デートかよ、と一人で呆れてみるけどその割には、お気に入りの香水を少量つけてお守りにしている自分が単純すぎて笑ってしまう。


指定したカフェで適当に珈琲を頼んで席へ。ちびちび飲みながら、口から飛び出そうなくらい激しく動いている心臓を落ち着ける。


時間ちょうどに着いたけど、それらしき姿はない。メッセージを見ると目的地に向かっているところのようだ。変に緊張するじゃないか…。


心臓の音しか感じられないくらい余裕の無いなか待っていると、視界の端に黒い影がちらついた。


「こんにちは」


ゆっくりと心地よく響く低音にはっとして視線を向けると、金髪で黒づくめの服をした男性が、絵の入った額をもって立っていた。


あ。この人だ。


驚きすぎて「こんにちは」と挨拶して名乗ると同時に立ち上がったら、思いっきり膝を椅子にぶつけてしまってまあまあ大きな音が響いた。一瞬だけどその場にいた全員の視線が集まったのを感じてとても恥ずかしい…。


ふふ、落ち着いて。と微笑まれた後、

「初めまして、じゃないか。個展も絵のご依頼もありがとうございます。」


と、依頼した絵を渡してくれた。


予想以上の、心が揺さぶられる絵だった。

自分の語彙力では瞬時に言葉が出ないけど、儚さ・秘密・幻想的な真夏の思い出・仄暗さを連想させる抽象画。色彩の鮮やかさや濃淡、筆の流れを全部見ていると何の画材で描いたか、これまた自分の浅い知識では思いつかなかった。


絵の中の登場人物の表情も、男性側は笑っている。ぎこちない笑い?

女性側は、優しげに微笑んでいるようにも見えるし、悲しみをこらえているようにも見える。


みればみるほど想像が膨らむ。あの歌を聴いている時の感情そのままだった。


「真夏に恋人ではない恋仲の男女が人目を忍ぶ関係で、それぞれ片想いだとおもう。花火大会をこっそり二人で眺めている感じ」とめちゃくちゃ面倒な注文を付けたのにありがたい限りだ…。


これ、何で描いたんですか。あの曲聴いて思い浮かんだ風景ってどんな感じなんですか。描いた時間はどのくらいなんですか。


めちゃくちゃ質問ぜめにしたのに、一つ一つゆっくり答えてくれた。


あ、私も質問されたんだ。「格闘技やってるんですか」って。

「自分のファンはどんな人なんだろう」と、私のSNSの投稿をさかのぼったみたい。


気まぐれに、いつも通っているジムで「教えてもらった技」を記録していた投稿があったのだが、それで驚いたらしい。そんなに強くないんだけどな。


そのまま、たわいもない話ができたのも心が躍った。


猫派な風貌(偏見)なのに、猫パンチと猫の爪が怖くて犬派。

小型犬の女の子2匹がいるみたい。ちぐはぐ感が面白すぎる。


犬かぁ…母親が「お別れが嫌。あと金がかかる」とばっさり切り捨ててしまう人だったので、我が家で飼うことはできず、近所に住む叔母が飼っていたチワワとよく遊んでたな。


高校生の時にそのチワワが死んじゃってからは、生き物に触りたくて「爪は怖いけどふわふわした体が可愛くて好き」な猫に触りたくて、近所の猫カフェに通いまくった。

その結果、今は猫寄りの犬派。そんな余計なことまで思い出してしまう。


高校卒業後に通った服飾の専門学校で、大型犬の革ジャン作ったらしい。

「やつら、動くからなかなか型紙とれなかったなぁ」と。


楽しそうでいいなぁ。


私は、高校を出て進学して「雑誌の編集者になる」という夢を「家庭の事情」というやつで諦めた。今は事務員の傍ら、細々とライター業と創作の趣味と格闘技のジムを楽しみに生きている。


そんなことを思い返しながら、「何をされている方なんですか」と聞かれたので、ライターをやっていることを話すと「え、僕のことも書いて!」とまさかのリアクション。


またお会いできるきっかけができたし、何より「自分の手で好きなものを紹介して世のなかに広めるお手伝いをする」チャンスができたなんて・・・!


つらいことも多かったけど、「文章を書く」という唯一の取り柄を信じて生きてきてよかった。じんわりこみ上げるものがあるな。


「仕事でも話すことになりそうだし、またよろしくお願いしますね」


やっと余裕がでてきたので、憧れの絵描きさんの表情をしっかり見ることができた。



思った以上に柔らかく、優しく笑う人だった。

でも、ほんのりと寂しさを感じるのはなんでだろう。



なんか、大人ってずるいなぁ。

小娘にはそんな「味」とか「重み」とか出せないもの。


私が10代の頃「早く大人になりたい」と思っていた理由を思い出させる表情だった。



4

帰り際、カフェと同じ建物の中で行われていた「高校生の美術展示」を少しだけ一緒に見ることになった。

展示会の題名に、彼は反応した。どうやら、本名と近いみたいで「高校生の時、めちゃくちゃもじってイジられてた」らしい。

絵を見ながら、しきりに「惜しいな」「こうきたか」とか言いながら、ウキウキしながら見ていらした。


真っ黒な背景や赤いバラ、骸骨のモチーフの絵がでてくると「見てごらん。好きそうなやつだよ」と教えてくれた。


なんでわかったんだ、と思ったけどそりゃそうか。V系っぽいもの。


唯一思い出に残っている絵がある。

写真みたいな油絵で、タイトルは「無題」。


桜並木を二人の男女が並んで歩いている後ろ姿の絵だった。

私は、どんな関係性かしら、なんて想像が働く。彼は「光の当たり方からすると夕日だな」と感心しながらつぶやいていた。やっぱり絵描きさんの視点だ。


「無題って、どんな意図だろう」という感想だけは一致して、会場を後にした。


乗っていた車は、ボルドーで魅惑の輝きを放つセダンタイプのものだった。

「美しい妖怪のような、妖艶な女性に憧れる」と絵の解説をしていた時に言っていた言葉を思い出した。


車を見送ってから、そろそろ10年選手になる、愛車の軽自動車に乗り込んでからやっと一息付けた。


とりあえず平日にまた電話するんだな…。仕事のテンションってどうしたらいいんだろう。

頂いた名刺をぼーっと眺め、意識が正常に戻ってから車を走らせた。




~あとがき~

実は、仕事そっちのけで現実逃避してこれを書いています。

ラストの下書きして、締め切りが危ない原稿にとりかかります。


私は絵は苦手だけど、文字で世界を創るのは楽しめるタイプみたいです。


・・・続編をお楽しみに。



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