5.
生贄に捧げれる日は、早速明日の朝となりました。
早速、宴の後に集まる「いつもの仲間たち」が、集められました。
私が、こっそり召集したのです。
…そのままお別れなんて嫌だから。皆も同じ気持ちでした。
いつもは賑やかに談笑しているのに、みんな沈黙するしかありませんでした。
神様との出来事を改めて紙に書きながら、皆さんに読んでもらいます。
すすり泣く音が強まっていく中で、私も涙が止まらなくなっていました。
いやだいやだいやだ!!!!
気づいたら、てふさんに抱きついていたのです。
声は出ないけど、顔がぐちゃぐちゃになっているのがわかります。息ができません。
『嫌だ!てふ姉ちゃん!!死んだらいやだ!!私も一緒にいく!!』
この時ほど、自分の声がないことを呪った日はありません。
神様の言葉なんか聴けなくてもいい、言葉を書き連ねるのがうまくなくていい。だから、てふ姉ちゃんを連れて行かないで。
神様、なんでこんな残酷なことをいうの。
なんでこの言葉を、直接伝えられないの。
「ちこちゃん、ごめんね。でも、一緒に来たらだめだよ。
貴方は自由に生きてね。生まれ変わったら、また一緒に遊ぼ。約束だよ」
一番怖いのは、てふさんだろうに。なんでこんなに強くいられるの。
てふさんの柔らかな手に背中をさすられ、私の気持ちは落ち着いていきました。
こんな時になっても、人を癒すてふさんのやさしさは、生涯忘れられないものとなりました。
最後に、いつものみんなは、抱き合って、泣きあって、そのまま自分の集落にかえって
眠りにつきました。
6.
翌朝。
皆は、祭壇の奥にある、集落の土地の切れ目である断崖絶壁に呼ばれました。
嵐は少し落ち着いているけど、霧は深くて、一寸先すら見えません。そしてこの場には、二百人以上いるのに、とても静かです。
これから起こることがわかっているからでしょうか。
長老とてふさんが前に進み出ます。
そのうち、てふさんは底が見えない断崖絶壁の向こう側に向かって、祈りの歌を歌います。
いつもは血が湧きたつような感覚があるのに、今日は悲しみしか感じません。
歌い終わると、てふさんはそのまま、迷いもなく歩みを進め、振り返りもせず、断崖絶壁の中に身を投げてしまいました。
神様のもとに、おかえりになったのです。
その直後に、深くかかっていた霧が、嘘のようにスーッと晴れて、朝日が昇りました。
『おかえり、てふ』
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