3.
祭壇の前では、集落関係なく、男たちが酒を交わし、女たちは料理を楽しみながら談笑に勤しんでいました。「狩人」達は交代で料理と酒をもってきて、「お針子」達は自分たちが作った装飾品を「神の子」達にかわりばんこに着せました。「建築」と「運び屋」達は日ごろ使ってる腕っぷしを自慢しあって、仲良く取っ組み合いがはじまったくらいです。
そうしてそのうち皆、身体を寄せ合って眠りにつくのです。
私も沢山の料理を楽しみ、にぎやかな声に満足して皆が眠っている集団に入っていこうとした時です。
「ちこちゃん!起きてる?」
小さいはっきりした声が聞こえました。振り返ると、てふさんでした。
「こっちおいで」
あれよという間に手を引かれ、集落から少し外れた茂みに連れていかれました。
ついていくと、先ほどの宴の続きをしている人だかりがありました。
てふさんと同じ年の頃の男女が集まって、にぎやかに過ごしています。
まだみんな若いので、寝付けなかったのでしょう。
「ねえねえ、てふ姉ちゃん歌って!」
「神様に歌うやつ以外でさ」
「てふちゃんの声、いつも寝るときに聞きたいんだ」
「ちこが一番聞きたいだろ。なあ」
私は声が出せない代わりに、激しく首を縦に振って同意しました。
「ありがとう。じゃあ、今即興で思いついたやつでいくね」
今度は、星空を歌った子守歌でした。
柔らかでやさしい高い声は、とても心地よい音でした。
私は、皆さんの半分くらいの年の頃だから、一番最初に眠くなってしまって、気づいたらお姉さん達の膝で寝てしまうのです。
でも、皆さん、その宴が終わるまで私も一緒に仲間に入れてくれました。
私と同じ年の頃の子も沢山いるのだけど、神様の声を聴けるのがほぼ私だけなので、みんなその孤独感を感じてくれていたみたいです。
その瞬間が、私はとても嬉しくて、心地よい気持ちになりながらうとうとして朝を迎えていました。
こんな日が、いつまでも続くと思っていました。
ちゃんと年を重ねて、寿命がきたら、神様のもとにかえるのだと思っていました。
4.
それは、大雨と嵐が少しの間続いた年のこと。
日々の集落での記録の整理をしてた時に、長老からお声がかかりました。
私と、てふさんもいっしょに、です。
神様が「お話がある」とのことをうっすら聞き取れた長老が、
詳細をきけるように、神様のお声が聞ける私と、こちらの意思を歌で伝えることができるてふさんが連れていかれた感じです。
長老の面持ちがこわばっています。どうしたのかをたずねても、全く答えてくれません。
そのうちに、祭壇の前に3人が並びました。
長老の目線が、祭壇に向けられました。
そうすると、声が聞こえてきました。
『この土地を護るチカラが弱くなってしまった。とても限界だ。
数日の嵐は、私の限界のあかしなのだ。
だから、申し訳ないのだが、てふをこちらに連れてきてくれないか。
彼女の力があれば、もう数百年ほどチカラが保てそうだ』
なんということでしょう。神様は、てふさんを「生贄」として要求しています。
数百年前に、1度だけ、大災害を収めるために、長老の祖先が捧げられて以来は無かったというのに。
驚きで手を震わせながら、神様からの言葉を書きとります。
文面を見た長老は、観念したように目線を伏せました。
てふさんは、目を見開いて固まっていました。
当然でしょう。自分の死を要求されているのですから。
でも、神の子の一族である以上、集落のみんなを守るために命をささげることは
宿命です。逃れることはできません。
てふさんは、ぐっと何かを決意した目で、歌い始めました。
『喜んで、貴方様のもとにかえります。お導きだけ、お願いします』
あの歌声は、私が聴いた中で一番どんな日よりも綺麗で清らかでした。でも、言い様のない悲しみを含んでいました。
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